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無知さが自分を苦しめている まずはヨガで内観


ヨガの流派は何?

久しぶりに聞かれた質問

『先生は何ヨガですか?』

とても新鮮な質問にニヤニヤ ありがとうございます

ヨガ修行者をきどっていたあの頃は

『ヨガはヨガよ その方が行じているのがヨガなの

何ヨガなんてないわ』と

メンドクサイ雰囲気を身にまとっておりました

でも

今は 素直にヨガの質問はなんでもうれしい

へらへらしながら

『アカンダヨガだよ~♡』と元気よく返答

『アシュタンガヨガとは違うんですか?(きゃーーーーーこれも久しぶりな質問)

〇〇さんていう旅をしながらヨガを教えている先生はご存じないですか?』

どうやら

情熱大陸の放送がヨガの先生だったようで

『あっそうか!?先生はテレビないんだ!』と

諸々ご説明下さいました

情熱大陸はネット配信で毎週見れるはずだから

ぜひ時間あったら見てくださいという言葉から

興味深々さっそく鑑賞しました

その感情は何?

なるほどなるほど

残念ながらこちらの先生は存じ上げません

しかしながら・・・

インドの風景

アシュラムでの早朝修行風景

旅をしながらコーヒーを楽しむ風景

一か月三万円でのインドアパート風景

どれもこれもが

とてもまぶしくてまぶしくてまぶしくて・・・

内側から沸き起こるメラッとした感情がむっくりと顔を出します

鶴太郎さんの件でも同じ感情が湧きます

『どう思いますか? あれはやりすぎですよね』

なんて

皆さんから多々聞かれます

そんな時

そだねーと

同意をしながら

やっぱりなぜか めらっとくる感情

そんな心の揺さ振りを

観ないように

なかったことにしようとすると

その感情は

ちょっと無視しないでよねと言わんばかりに

どんどんどんどん大きくなります

そうなんです

嫉妬

嫉妬の先は何?

ヨギーとして有名

ヨガで稼いでいる

難しいアーサナができる

最初はそんな外側の所有物がうらやましかった

でも

実際はそこじゃない

そこのメラ温度はまだ温い

源泉はそこではない

ヨガ修行の生活をちゃんと実践している

そこにメラメラ熱い感情が湧いてきます

いやいや

あれはやりすぎでしょ

いやいや

イケメンだからあんな生活できるんだよ

いやいや

アタシはアーサナ重視じゃないじゃん

そんな

メラメラ温度を下げようと

一見打ち消そうとしているその言葉たちは

源泉から湧き出る嫉妬の温度を煽るただの言い訳

次から次へと流れ出る言い訳の先にあるのは

いつも否定

あんなのヨガじゃない

一度も会ったことのない人達なのにね(笑)

そんな感情の流れを

ただただ動かず

ただただ静かに眺めていたのが

今月 この二月だったように思います

色んな感情が沸き起こってきても

いいも悪いもなく

ただ見ていた

ただ眺める

そうすると

自分の心の癖が見えてきます

その癖の源泉の奥にあるものが

実は嫌悪ではなく

自分もそうありたいという思いだったりするのです

自分を苦しめているのは何?

そう

まさに

ラーガ(執着)とドヴェーシャ(憎悪)

ヨガの聖典ヨーガスートラではこのラーガ(執着)とドヴェーシャ(憎悪)が

私達に苦痛を与える原因

5つの煩悩のうちの二つであると言われいます

執着はその経験からの快楽が忘れられず求め続け

憎悪はその経験からの苦痛を思い続ける

それは無知から生まれるもの

永遠でないものを永遠と見

自己でないものを自己と見てしまう無知さ

これが苦痛の原因と書かれています

ならば

無知からの脱却

その一歩はなんでしょうか

もちろんヨーガスートラには

その鍵となる行為がしっかり書かれていますが

まずは

その自分の知るべき心を見ることも大切だと私は思うのです

力まかせに

抑え込もうとしても抗います

だからこそ

まずは自分の心が走り回っている時に冷静に

心が何をしているかを知る

自分の今の心の動きを知る

内観

これも無知からの脱却への大きな一歩だと思っています

でも

じゃあ静かに座って

よっしゃ観るぞいと思ってもなかなか難しい

そこで

身体を使って呼吸を通し

自分を観る癖づけをしていく

それがヨガであり

自分のヨガクラスで行っている内容なのだと自負しています

そうやって

自分を観

所有物に快楽を求めている感情からではなく

以前のインド修行の快楽が忘れられなくて

うらやましいのでもなく

ただただ

修行者としてその姿に感銘を受けているのであれば

素直に敬意を表し

自分も自分の修行の道を精進すればいい

そういう生活をすればいい

ただそれだけのことなのだと

とても簡単なことに気づくのです

自分が出来ないことをやってのけている人を落とすことで得られる

恐怖心からの安心は

ただのすり替えで

偽物の安心感

この恐怖は止まらずにまた別のターゲットを探していくだけ

いつまでたっても心の平安は訪れない

そんな大きな大きな気づきを得た

二月の末日

良いも悪いもない トライ&エラーで一歩ずつ

さあ

明日から三月です!

あとは実践のみ

やってもやらなくても

それもアタシだといい悪いではなく

一歩今度は動き出す

気付いたら修正

気付いたら修正の繰り返しでOK

久しぶりに清々しい気持ちになっています

□参考文献 

ラージャヨガ スワミヴィヴェーカナンダ大師

経験は偉大な教師であることに変わりはないが

あくまでも経験にすぎない

大海の一滴のようにもともとなかったものとして消えてゆくもの

ラージャヨガで書かれている好きな言葉

執着と憎悪は経験が悪いと言っているわけでないんですよね

そこもこの本の好きなところです

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静岡県東部 ヨガのことなら ヨガ講師 野中由美

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